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黒猫系男子

本当は寂しがり屋のそんなあたし黒猫ですもの

藤田かずひろ「才能のない俺たちは」

 

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うしおととらの作者である藤田かずひろさんの

講演会、「才能のない俺たちは」を聞いてきました。

話されていた内容の抜粋を載せようと思うので

断片的ではありますが、漫画家を目指す人の参考になれば幸いです。

 

 

自分用のメモを起こしているので

会話順になっていて内容が前後する場合がありますご理解ください。

本人が話されていた言葉と若干の表現の違いがありますが

それも自分用のメモを起こしているのでご理解ください。

 

最初に少し講演会の内容に触れておきます。

漫勉に出演された藤田さんですが

漫画家としてかっこいい側面が中心に編集されていたと思います。

本人曰く、講演会は普段悩めるアシスタントに話すように

かなり漫勉よりも本音で話してくださってました。

実際講演会は漫勉よりも泥臭くためになる内容でした。

 

 

 

 

 

 

 

講演会抜粋

 

編集者に漫画を持ち込むという

まず最初の壁は怖いけど、越えなければならないもの。

挑み続ければ怖くなくなる。

 

28年漫画を描いているが、才能というものがわからない。

売れたら才能があることなのか?。

完全に才能を理解している者はいない。

何をもって才能というのか

なぜ才能が無いと自分で言えるか。

 

才能と運は無いところからスタートするといい

どちらかがあると、何か有ったときに心が荒むから

それに、運とかいう得体の知れないものに

左右されたくない。

 

頭一つ輝いている漫画家のアシスタントはいなかった

けど漫画家としてやってる、らいくまことやあんざい

 

 

自分達は60円しか持っていない

だから、その60円で何ができるのか

一歩一歩進むしかない。

自分で才能があるかないかは考えない。

持っている才能が漫画に使えるとは限らない

足立みつるや高橋留美子は26000円持ってる

 

 

天才を待つ編集者はサンデーに多い

教えないといけないことを教える必要があるから

天才はいない。最初のうちからあまやかすと

行方を眩ましたり、精神が病む作家に

なる人がいる。

 

漫画は方法でなんとかなる

それは、みんなの中にある

自分が見てきたものや好きなもの

それを自分で言語化する。それが自分の持っている60円。

好きなものはこころにあって武器になる

言語化できたら、自分の自信にもなる

自分の好きが一番重要、これ以外にはない

 

いくら頑張っても面白くならない時は、編集や第三者に任せる

漫画に限って言えば学習でなんとかなる。

面白くないって言われてから考えればいい

最大に面白い物を持っていってだめなら

諦めるしかないけど、やらずに諦めるのは勿体ない

自分の好きを細かく分析することが

漫画を描くということ。

 

漫画家は伝えることを丁寧に一生懸命頑張る

読者はバカじゃないけど

そう想定してていねいに説明して理解を含める。

 

作品にたくさん接すると好きなものはわからなくても

嫌いなものはわかる。

ソナーみたいに跳ね返ってきたものが好きなもの

嫌いを知ることによって自分を知るけど

嫌悪感は生々しいネームに使える

 

なぜ自分が嫌いか、許さないか

知ってると思ってないがしろにしがち。

文章を化して初めてわかる事もある

 

常に全力で飛ばないと、読者には伝わらない。

ブレーキをかけていたら作者の傲慢

 

連載では遠く先を見ないで10回先を見る

 

 

これは講演会の自分用のメモから一部抜粋したもので

実際には終始笑いに溢れ面白い講義でした。

漫勉では見られない本音が貴重だと思ったので書きました

漫画家を目指す人の参考になればと思います。

 

黒猫

 

映画ロブスター感想

 

今回はこのロブスターという映画の感想です。

この映画の設定は、今年見た映画の中でも

未見性が強く、自分には思いつきもかすりも

しない、とてつもない衝撃を受けました。

はじめにこの映画の軽い設定を紹介します。

 

ジャンル SF恋愛

 

時代は近未来、独身の者が罪として

収容所に収容されるという世界です。

ホテルを模した収容所で45日間の間に

人生のパートナーを探さなければなりません。

パートナーを見つけれなかった者は

強制的に希望する動物に変えられてしまう。

 

毎日の狩りと呼ばれる

森に銃を持って出向く時間に

人を殺した数だけ、ホテルの滞在日数が増えるという設定です。

 

設定を聞いただけで、とてつもなく面白い

作品だと感じませんか?

実際は、これだけの設定を、思いついたにも

関わらずなぜ面白くないんだ!!

と叫びたくなるような

あまりにも酷すぎる内容です。

これは後で、なぜ面白くないのか書きます。

 

このロブスターというタイトルは

映画を見るまで意味がわからないのが

勿体無いと思ったので先に書きます。

 

主人公がもし動物にされるなら

何になりたいと代表から聞かれた時に

ロブスターと答えます。

なぜロブスターなのかと聞かれて

主人公は答えます。

 

海が好きだから

寿命が長いから

生殖能力が高いから

生物として位が高いから

 

これは主人公の自己実現のメタファーでは

ないかと思いました。

 

それでは、何をどうしたらこの設定から

面白くなくせるのか書きたいと思います。

ネタバレを含みます。

 

 

タイトル前後

女が馬を殺すシーンが最初にあります

殺す意味もわからないし

本編に関わりがない

不要なシーンです。

最後まで見ても理由がわかりません。

ただの異常者です

 

セットアップ

そして主人公や世界観のセットアップが始まります。

主人公は妻の浮気で別れることになります

詳しいことは説明されていません

そして収容所の迎えのバスが来ます。

 

この世界は独り者が罪とされています。

迎えのバスは死の宣告のような物です

しかし主人公は抵抗も叫びもせず

黙ってついていきます。

この話全体に言えることですが

リアリティが欠如しています。

最初主人公は新しいパートナーが欲しくて

自分から進んで婚活に行ったのかと

思いました。

それくらい最初の説明がありません。

本編を見て最後の方で、この世界が

独身の者が警察に職務質問されて

捕まる世界だと初めてわかります。

 

この映画のセットアップ10分は

前半を見ているだけでは不自然に感じません

主人公が収容されている場所とルール

それが自然に説明され何の映画かわかります。

最後まで見ると、この世界で独身が罪とされる

という設定が突然出てくるので

そこでなぜセットアップに含まないのか

混乱することになります。

 

リアリティの欠如部分

この映画のおもしろくない理由の大半は

リアリティの欠如です。

セットアップで必要な情報が説明しきれていません。

収容所もホテルなので収容感がなく

独身が罪ということも前半では理解できません。

生活制限は厳しいですが

ホテルで暮らしているので

収容感はかなり低くなっています。

斬新ではあります。

思い返せば刑務所っぽい部分も各所にあります。

 

このホテルは独身者の収容所です。

警備やセキュリティは厳重であるべきです。

しかし、このホテルのセキュリティは低いです。

絶対にありえません

各人物は狩りの時間のために銃を持っています

団体で反乱されればひとたまりもありません

ホテルのスタッフは銃も携帯せず

ホテル内に兵隊もいません

収容者だけが銃を持つ環境であなたは働けますか?

収容者は出たい人も少なくないと思います

期限が過ぎれば実質殺されてしまうのですから。

そんな人たちの手元には銃があるんです。

私なら働けない、もしくは銃は絶対携帯です。

 

しかもこのホテル

夜の警備も薄く

なんの手間もなく主人公が脱走します。

犯罪者を収容する施設でこれはありえませんよね。

収容者全員がなぜか従順に従い

不満を持つ人がいないのも不自然です。

 

この映画の設定、動物に変えられるという部分

冷静に考えて、どうやって変えるのか

気になりませんか?

ここにこそリアリティが宿るとさえ

言える部分ですが

説明がほとんどありません

皮を剥いで臓器を移植するような

収容者間での会話がありますが

 

哺乳類系なら、まだぎりぎり納得できなくも

ないですが、それ以外ならもう無理ですよね。

哺乳類ですら無理やり納得

しなければならないのに

 

この動物変換が納得できる設定であれば

この映画の評価も違ったかもしれません。

物語を作る上で、話によっては

世界を一つまるごと創造する必要があります。

話の内容が複雑になればなるほど

世界を精密に設定しなければなりません。

 

この映画の狩の時間という物

本編で、なぜホテル側が

狩を必要としているのか

誰を殺しているのか説明されていません。

生存できる日を延長できるという

必要なものではありますが

映画として必要なものになっているだけ

に感じます。

 

リアリティの欠如を数えればきりがありません

作り物だと思えてしまったら映画は

ほとんどの場合終わりなんじゃないかと思います。

 

この映画の終わりでなぜか

主人公が自分の目をトイレで

ナイフで刺そうとして終わりますが

もう意味がわかりません

盲目の女性と同伴していることから

考察することはできます。

女性と同じように盲目なろうとする

にしてもファミレスのトイレで

行うのも異常ですし

 

盲目の女性のために自分の目を

片方あげようとしているにしても

ファミレスのトイレはないですよね

 

他の理由だとしたらもっと

異常だと思います。

ナイフで目を刺そうとして終わっているので

実は刺さなかったという選択肢は

あると思いますが

なんにせよ、この終わり方は

脚本的に良いとは言えません。

この記事ではだめな部分を主に取りあげています

改善がしたければだめな部分を見て

真似をしないという使い方をしてもらえたらと思います。

 

この盲目の女性、本編で近眼を治す

とか言って病院で本人の許可もなく

普通の堅気の医者に失明させられるという

むちゃくちゃな用意のされ方をしています。

 

これだけ誘引の強い未見性のある設定を

擁しているにも関わらず

こんなにも酷い映画にできるなんて

私は驚いています。

そのことが少しでも伝わって貰えたら幸いです。

 

良い映画も紹介する機会があると思うので

映画が好きな方はそちらも

見ていただけたらと思います。

 

 

 

 

 

 

褒める意見と批判する意見どちらを大切にすべきか

 

創作において

自分を褒めてくれる意見と批判する意見

どちらを大切にすべきか

 

批判する意見の方が大切にする必要があります。

どちらも大切な意見ではありますが

批判する意見の方が大切にした方がいいです。

 

褒めてくれる意見は

自分の承認欲求を満たしてくれますが

鏡写しになったり、改善点が見つからないことがあります。

 

褒めるからは、褒める以上のことは得られないことが多いです

褒めるとは、ある種決めつけることに似ているからです。

決めつけからは、選択肢が生まれにくいです。

選択肢が生まれない、ということは

妥協案が出ないということです。

 

創作において褒めるとは

例えるなら、ゴールであり

行き止まりのようなものなのです。

 

 作品の評価を聞けるケースの多くは

友人や仲の良い知り合い、少なくとも見せる関係にある

人物に見せることが多いです。

ということは人間的に自分が関われる人種ということなので

嫌いな人間ではないということが多いです。

そうすれば価値観の鏡写しになり

同じ間違いを犯して読むなんてこともあります。

 

 

 

 

 

創作において、批判は行き止まりではありません。

批判は成長の兆しなのです。

こうした方が良いのではないか、これは良くない

そんな意見の多くは自分が選んだ選択肢以外の

選択肢を示してくれることでもあります。

 

なかには好き勝手に好みの意見をいう奴もいます

そういうのは深く気に止めずに

自分が納得した批判を修正するとよいでしょう。

 

 

簡単に言いましたが、鏡写しにならない意見を持つ者は

大抵の場合自分が関わらない人なので

その人から意見を聞くというのは

言葉で言うほど簡単ではありません。

 

褒めてくれる意見にしか

囲まれていない環境にいる人が

その環境に、疑問を持っていただければと思います。

これはあくまで個人の意見ですので全てを鵜呑みにしないでください。

 

著名な脚本家やガルシア・マルケスも言っているので

あながち的外れな意見ということもないかとも思います。

最後にガルシア・マルケスの著書で言っている彼の

言葉を少し載せて終わります。

 

欠点を見つけれこういうところがよくない

と言える友人こそ

本になる前に読んでもらいたい読者なんだ

そうした批判を受け入れるかどうかは

こちらが決めることだが

たいていの場合、そういった批判は無視できない。

 

 

彼は褒めてくれる読者は本になってから読んでくれと

言っています。

長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。

創作の参考になれば幸いです

 

良かった映画の紹介

 

この記事では物語構造を記録するために

3週間ほどの期間で44本見た映画の内から

面白かった映画を紹介します

映画の紹介は少し下からなので

読み飛ばした人は飛ばしてください。

 

映画の年代は1990ー2015です 

見ている映画は脚本術で紹介されていた映画などです。

古典に数えられる映画も学びました

なぜ古典を学ぶのか?

古典と呼ばれる映画には力があります。

神話的タフネスが含まれ

流行り廃りに流されない原型を学ぶ事ができます。

 

 

なぜ古典や古い映画でも面白いと感じるのか?

三週間ほど映画を学び

古い映画でも2000年代の映画と比べ

古い映画も面白いことに気づきました。

どうして面白いのか、説明できるようになるために考えました。

 

 

・現在で蔑ろにされがちな

物語構造や感情の原型が表現されているから

 

・例えるなら、感情が納得できる面白さがある

 

ぱっと思いついたのがこれです。

私が世界一の映画だと思っているパルプ・フィクション

見たときの感想は

まさに世界観が変わったようでした。

1994年の古い映画です。

現在の映画とはまさに次元が違いました

近代映画が地上戦なら

パルプ・フィクションは空中戦

それほどまでに次元が違って見えたのです。

 

それでは映画の紹介です

 

 

ジャンパー★3.5

ジャンパーと呼ばれる瞬間移動能力者者たちの

日常に、それを狩るパラディンが現れる…

 

パージ★3.5

一日だけ犯罪の許される夜に

いつも通り平穏にセキュリティのある家で一家過ごす予定が

アクシデントに見舞われる…

 

コラテラル★3.5

手錠の二人という制約で表現されている

古典クラスの作品です。

イット・フォローズ★3.5

延々と追ってきて、憑かれた人間を殺す

何かから逃げるというホラーです

何かの外見はあらゆる人に化けます。

 

ドライビング・Miss・デイジー★3.5

古典クラスの名作です

もう少しハッピーエンドにして欲しかった…

 

 

 

パージ・アナーキー★3.7

全ての犯罪が許される夜パージが再び訪れる。

パージから一年後のアメリカが舞台

 

 

アメリカン・ビューティー★3.8

古典クラスの名作です。

人生で失った何かを主人公が取り戻す

単純な内容ですが、抑圧されたおじさんの成長は

見ていて面白いです。

 

 

クラウン★3.8

葛藤が物語を一貫しているホラーです

ピエロの衣装を着た主人公が豹変していく

というシンプルな内容ですが

構造、テリングがホラーにしては良質です。

直接的なグロテスク描写が無いのに

とても怖く表現できています。

 

 

 

インビシブル★4

頭の良い透明人間からの

死の恐怖が構造、テリングに反映されている

良い映画です。見る価値がありました

 

メン・イン・ブラック1.2.3。★4

3作全て構造、テリング共に優れています

続編ものでこけずにこれだけの安定感が

ある作品なんてそう拝めません。

 

羊たちの沈黙★4

古典クラスの名作です

知能の高い異常者ハンニバル・レクター博士という

歴史に残る犯罪者を生んだ作品です。

 

バードマン★4

かつて本物の能力者でヒーローだったリガンは

皆が忘れていく中で過去の栄光を取り戻すために

劇に人生をかける

 

インセプション★4

人の潜在意識に潜りアイデアを盗む話

映画的にもとても複雑な内容ですが

構造、テリング、未見性の優れた内容です。

個人的に推しです

 

 

ドラキュラZero★4.2

構造、テリング、セットアップ、誘引、葛藤

一通り脚本術に則られている良作です。

個人的には結構いけてました。

 

マトリックス★4.5

構造、テリング、未見性

映画の革命に数えられる作品です。

三部作唯一の傑作です

 

ダークナイト・ライジング★4.5

バットマンの必要なくなったゴッサムに再び

バットマンが必要な困難が訪れる…

構造、テリングももちろん優れています!

 

ウォーム・ボディーズ★4.5

自我のあるゾンビ版のロミジュリです

セットアップがわかっている映画で

かつ誘引もされるので、とても見やすいです。

 

僕だけがいない町★4.5

原作での最大の失敗をうまく取り除けているので

おもしろくないわけがありません

構造、テリングも蔑ろにされていません。

 

アントマン★4.5

セットアップ誘引には失敗したものの

小さな世界のテリングが好印象で

かなりの推しです

 

千と千尋の神隠し★4.8

構造、テリング、未見性、葛藤、成長

多くの脚本術的要素が表現されているので

当然素晴らしい作品です。

 

パルプ・フィクション★5

私が世界一だと思う映画です。

物語に携わる人であれば必ず見ることを勧めます

神話的原型の強さを感じました。

人によって賛否の別れる作品ではありますが

見れば世界一と言う理由がわかるはずです。

見て何も感じなければセンスがないと思います。

 

 

ダークナイト★5

構造、テリング、葛藤

全てにおいて一流の作品です

見ることを人にすすめれる映画です。

 

 

 

 

男が本編に絡む萌えジャンルは狙うべきじゃない

 

使われる用語です

リマインダー…ジャンルを忘れさせない要素、らしさ

アーキタイプ…原型

 

 

 

はじめに、

ルールを知っていれば破っても良い

ということは伝えておきたいです。

難しいことがわかっていたり

自分の価値が証明できないなど

特別な理由があれば

萌えジャンルも狙って欲しいと

私は思っています。

 

なぜ狙うべきではないか

難しいからです。 

もし、特別な理由がないなら萌えジャンルは

難しいとわかって欲しいそんな内容です。

全てを鵜呑みにせず

良い部分だけを吸収して

いただくことがこの記事のブログの目的です。

 

 

 

 

 

 

作品ジャンルの中でも

男が本編に絡む萌え

特別難しいと思っています。

萌え要素と言い換える方がよいかもしれませんが

ニセコイのような恋愛リマインダーを

含むやつのこともさしています

女性しか出てこない

もしくは男がほとんど本編に

絡まない作品は標的外です。

 

 

ある著書ではアニメや漫画或いは他は

エンターテイーメントであると述べています。

つまり自己満足で書くんじゃないと言っているのです。

もちろん自身の溢れる熱量を肯定する著書もあります。

 

しかし、男が本編に強く絡む萌え漫画では

エンターテイーメントを

最優先にしなければならないと思っています。

なぜなら、こけるからです。

 

どうしてこけるのか?

或いは面白くないと思われるのか

客の期待を裏切りニーズを無視するからです。

これはエンターテイーメントであるものに自我を投影し

自己満足で書かれたことによる失敗です。

客層はそんなこと求めていません。

 

エンターテイーメントはニーズです

客層が何を求めているかも重要なんです

もし、自身の熱量だけを投影したいなら

このジャンルは向きません

知らず知らずのうちに客を刺激し不快にさせることでしょう。

ルールも知らず守らないし守れないからです。

客はバカではありません

体系化されたルールなど知らずとも

面白くないという漠然とした感情から作品を切り捨てます。

 

 

基本的技術に加え

重すぎるほどのニーズという枷は

自分であれば漫画を描く意味がないので放棄します。

私の描く漫画はジャンルも違うしルールも知っています

それでも考え方が違うので今回は割愛します。

 

この記事で言っているジャンルで一つ

ルールがあると思っています、自身が見つけたね。

 

踏み込んではいけない領域に

踏み込まないこと

 

 

最近のアニメや漫画はこれを

わかっていない作品が多くあります

こんな単純なこともわからないのか?

と言ってやりたくなります。

アニメなら原作にあっても

エンターテイーメントを考えたら割愛する

それがプロです

おい、わかってんのかSAO!!

いわゆる我慢の限界があるということです

ここまでは我慢できる、楽しめる

ここから先は我慢すらできない。

という具合です。

 

この手の萌えの楽しみ方は

主人公の男に感情移入したり自己投影して

美少女との日常を疑似体験するなどがあります。

いろいろな楽しみ方があります。

しかし、必要以上にいちゃついたり

過激な行為に及び、嫌になって作品を途中放棄

したことはありませんか?

お約束の作家リマインダーのお色気や

エロ漫画の約束された展開ではないものでの話です。

 

 

私は嫌になったことがあります。

萌えが少しづつ嫌いになりました

このルールを破る作品が増えたからです

昔は必ず守られていました。

リアリティーの喪失も意味します

いっきに現実感が崩れて虚無に包まれます

 

ルールを破り嫌いになった作品はニセコイやSAOなどです

ニセコイはリアリティーが喪失して話が何も入らず

全て悪い意味での作り物になったからです。

SAOはヒロインと主人公が家族ごっこを始め

必要を超えて過剰なことをし始めたからです

今での不快感は憶えています。

 

 

 

なぜ踏み込んではいけないのか

私は理由の一つは

オスは生物として他のオスを好きではない

部分があるのだと思っています。

オスとメスの生物としての原始的関係性を

考えればわかると思います。

感情移入を超えて容認できない

そんな敷居があると思っています。

 

 

 

他に狙うべきでない理由は

萌えが氾濫しすぎているからです

ラノベやアニメ、マンガに限らず

エンターテイーメントには萌えがあふれています。

客はマンガというくくりだけで評価はしてくれません。

ラノベにこんなにがあった

アニメにこんなのがあった

そういう世界で勝負しなければならないのです。

 

こけないには萌えというアーキタイプに少し他とは

違ったものが必要なのです

言葉を引用するなら未見性です

氾濫しすぎて全部同じようなものに見えるんです

その未見性ですらあまりの数にほどんどが目立てていません。

わざとらしい狂った外見をいくら量産しても

全て氾濫する萌えの海に沈みます

客はわざとらしさ

そういった嗅覚は優れているのです。

正直萌えでの未見性はかなり厳しいと思っています

誰かがやってたり、知らずも他のキャラと似ていたり

するからです。

なんたって氾濫してるんですから。

多すぎて客が求めていないのも大きいです

ジャンル開拓みたいなのから想像できるように

多すぎて良い事はありません。

 

 

難しいと思う理由

 

基本的技術に加えてニーズを守らないといけない事

未見性を表現しにくい

多すぎて萌えを客は求めていない

 

 

最後まで読んでいただきありがとうごいざいます。

萌えジャンルの定義自体が人によって異なるので

参考程度にしていただけたら幸いです。

 

これは一部の側面に一部の感想を述べているだけで

全てを決めつけ批判するものではありません

 

最初に記述したように

ルールを知っていても

破りたいという方がいましたら

私は応援しています。

なぜかって?

面白いものは私も、みんなも求めているから

 

パルプ・フィクション 感想

 

 

1994年の映画なのでかなり古い映画です。

勉強のために前から見ようと思っていて見ました。

ネットでざっと探してなかったので借りてきました。

 

この作品を見る前に二つ事前にわかっていたことがあります。

①主人公が悪役なので、その悪役に感情移入させるために

より悪者に描かれているものがいること

(妻の足をマッサージした男をベランダから突き落とすボスなど)

 

②日常会話が映画の中心であること

 

どちらもこの映画の良い所です。

会話に至ってはキャラクターが実際に生きているように感じ

この映画の前後で生きていたことさえ感じられます。

 

 

感想

良かった所

古い映画なので少し不安もありましたが

かなり面白かったです。上映されていたお金を払う価値があり

金を払い借りる価値がありました。

この映画のキャラクターは映画の前後でしっかりと

生きている、素晴らしいキャラクターでした。

 

タイトルまでもよかったですし、セットアップも

早く良い走り出しです。

最初の一時間で既に面白い。

 

良くなかった所

 

話の構造がよくわからない

プロットポイントなどをメモしながら見ていたが

半分より後の内容がわかりませんでした

前編と後編ごとの話かと思えば最後には時間が戻った話が描かれていたり

これだけは見た後でも混乱しています。

見返すにも長い内容なので二回目は疲れます

 

前半がよかっただけに後半のよくわからなさが目立ちます。

内容は面白いですがこの容量だからこそ

面白かったのではないかとは思います

時間を削ったら面白いのか

或いは他の作品もそれだけ長くすれば面白くなるのか

きになるところはいろいろあります。

 

 

物語に携わろうとする者なら一度は見てほしい内容です

今の映画からは得難い特別な時間を頂戴することでしょう。

次元が違います

今の映画が地上戦ならこの映画は空中で戦う、それほどに

戦ってる次元が違います

土俵が違うので永劫追いつく作品は生まれないと思います。

時間は長いですが一度見る分には

退屈しないだけの推進力を備えています。

 

 

コクリコ坂から 感想

 

コクリコ坂から初見の感想です。

自身の勉強の一貫でアウトプットを目的として

書かれています、全てを鵜呑みにするのではなく

良い部分だけを吸収していただけたら幸いです。

 

構成

カバレッジ

(視聴する上で必要なので書いた

というだけなので内容はかなり適当なので

飛ばしても差し支えないです)

②修正

 

ログライン

毎日旗を上げる少女の葛藤

 

①主人公のゴール外と内

 

②プロットポイント1

かざまが飛び降りる最初のシーン

 

③プロットポイント2

カルチュラタンの取り壊しが決まり

東京に三人で向かう

 

④ミッドポイント

雨の日に、かざまとめるが実は血が繋がっていることが

わかる

 

悪かった所

 

・セットアップが長い

・テーマがわかりにくい

・原始的欲求と目的の提示が甘い

・めるが雨に濡れるシーンが短い

・ダイジェストシーンがそれでも長い

・めるの欲求の提示が遅い

・タイトル

 

以上のことを踏まえて、もし自分が

修正を施すのであればを書いていきます。

 

 

修正

 

コクリコ坂から、というタイトルが

内容と関連性がありません。

坂は出てきてますがそれがコクリコ坂という

説明はほとんどなかったと思います。

仮にあったとしてだから、なんなんだということです

港町から、というタイトルでもこの話は成立します。

このタイトルでありたいなら

私は、冒頭のシーンを坂から始めます

親子が大きな坂を登るか降るかしています。

子供が大きな坂とかなんとかいい

親がこの坂の名前や思い出などを話します。

この映画は回想として描きます。

こうすればタイトルである必要性があり

親の話した思い出そのものが、話の内容であるとわかり

かざまの登場などで、今度の展開に期待を寄せて観れます。

私の考える、一つの選択肢に過ぎません。

 

 

 

その後うみの日常に移ります

この部分が長く感じたので

私なら、うみは家事をしながら好きな男子との妄想にふけります

妄想の非日常の世界観を描写しつつ基本的セットアップを終えます。

好きな男子というのはかざまですが

修正するなら片思いと設定し、この時点で原始的欲求を提示します。

妄想にふけるという描写ですが、これは

脚本術の黄金のルールとしてシュナイダーが提示してる

『プールで泳ぐローマ教皇』というテクニックを使いました

 

教皇がプールで泳いでいる間に、来訪した一行の

必要な説明を済ますというものです。

視覚的に教皇が泳ぐという非日常の方に視線を誘導するテクニックです。

これに成功すれば、しなければいけない説明を

他に誘導されつつ物語の推進力を落とさないで終えれます。

 

うみの妄想では、届かぬ片思いを表現し

ロミジュリなどの演劇風なものを私なら挟みます

後半での展開に活きるからです。

 セットアップ自体が長いので少し削ります

他に欲しいシーンがあるので。

 

 

次に、うみが雨に濡れるシーンがあります

かざまと兄弟であることがわかった気持ちと天気を被せている

ように思えたので、このシーンは長くしないと意味がありません

初めて見た時、なにやってんの?という気分でした。

観客をうみに共感させる大切なシーンをドブに放したからです。

 

 

うみが母にかざまとの真相を聞くシーンがありますが

修正するなら母は何も詳しくは知らないということにします

クライマックスでの船での真相を引き立てるためです。

最後の最後で実は兄弟じゃなくて

好きになってもいいという展開になって終われば

余韻が残ると思いませんか?

 

全体的にアクションが少ないので増やすと

話がよくなると思います。

カルチュラタンの取り壊しの前に、部活を廃部にする危機が

何度も迫ったり、取り壊しに同意させるために教師による圧力やいじめ

こういうのを乗り越えるが

建物が取り壊されることが決定する。

納得できずに三人は

建物取り壊しの撤回を親に相談したり

教師に相談したり、校長に相談したり

それでもだめで、理事長のとろこに向かう。

こうすれば少し面白くなりそうな感じがしませんか?

いきなり取り壊し、理事長の所に行くでは

ハードルの数が足りないように思えました。

 

 

長い文を読んでいただきありがとうございました

急いで書いたアウトプットですので

足らない部分や修正しきれない要素も

多くあるかとも思いますが

こういう考え方もあるのかと良い部分だけを

吸収していただければ幸いです。

 

映画や物語構造に興味のある方の目に止まって

いただけたらなと思います。

 

黒猫